平成25年8月30日判決言渡 平成25年(行コ)第1号 営業許可処分取消等請求控訴事件

平成25年8月30日判決言渡 平成25年(行コ)第1号 営業許可処分取消等請求控訴事件

主 文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人Aの本件訴えを却下する。
3 被控訴人B,同C,同D及び同Eの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人らの負担とする。

第1 控訴の趣旨
1 主文1,2項と同旨
2 被控訴人B,同C,同D及び同Eの訴えを却下する。
3 予備的に,被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要
1 本件は,大阪府交野市α所在のぱちんこ屋「F店」(以下「本件店舗」という。)に関し,同店の経営主体であるG株式会社が大阪府公安委員会から風俗営業法に基づく営業許可を受けたこと(以下「本件営業許可処分」という。)について,本件店舗の近隣に居住し,又は本件店舗の周辺に存するH小学校に通学中の児童の保護者である被控訴人らが,本件店舗は,その所在地が大阪府風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例2条1項2号の距離制限規定に違反しているから,本件営業許可処分は無効である等と主張して,控訴人に対しその取消を請求する事案である。

原審は,被控訴人らの請求を認容した。
控訴人は,この判断を不服として控訴した。
なお,原審では,被控訴人らの他にIら3名が相原告として本件営業許可処分の取消請求をしていたが,原判決で請求を棄却されて確定した。また,上記Iら3名及び被控訴人らは,原審において,本件営業許可処分の取消請求のほか,本件店舗の建築確認申請に関する建築計画変更確認処分の無効確認請求も併合提起していたが,原審で訴えを却下され,確定した。

2 法令等の定め
本件に関係する法令等の定めについては,次のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」中,第2の1のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決5頁8行目「幼児,児童や生徒等」を「幼児,児童,生徒等」と改める。
(2) 原判決5頁10行目「診療所の敷地」を「診療所(患者を入院させるための施設を有するものに限る。)の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。)」と改める。
(3) 原判決5頁15〜16行目「教育施設等」を「距離制限対象施設」と改める。
(4) 原判決5頁16行目末尾に改行して以下のとおり加える。
「医療法1条の5第1項に規定する「病院」とは,医師又は歯科医師が,公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であって,20人以上の患者を入院させるための施設を有するものをいい,同第2項に規定する「診療所」とは,医師又は歯科医師が,公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であって,患者を入院させるための施設を有しないもの又は19人以下の患者を入院させるための施設を有するものをいうとされている。」

3 前提事実(争いのない事実及び後掲各証拠により認められる事実)
(1) 本件店舗と関連施設の状況
本件店舗は,大阪府交野市α×番地4所在の6階建マンション「J」(以下「本件建物」という。)の1階の一部に存在する。
本件建物の1階の状況は別紙1の営業所平面図記載のとおりであって,本件建物の中央部分に本件店舗が存する。本件建物東南側,同平面図?の位置に「福祉事務所」と記載された部分には,本件店舗で発行する特殊景品を買い取る景品交換所(以下「本件景品交換所」という。)が存する。本件建物東南角,同平面図?の位置に「福祉用防犯カメラ」と記載された部分には,防犯カメラ(以下「本件防犯カメラ」という。)が設置されている(甲47)。
本件店舗は,従業員用更衣室(以下「本件更衣室」という。)を,本件建物の東側に約30メートルの距離に存する「K」(別紙4の本件建物周辺拡大図?の位置)の一室に設けている。
本件店舗は,来店者用の駐車場として,本件建物の南側に隣接する幅員4メートルの府道β線(以下「本件道路」という。)をはさんだ東南側(同拡大図?に「L駐車場」と記載された場所)に,専用駐車場(以下「本件駐車場」という。)を設置している。
(2) 本件建物周辺の学校と(1)の施設等との位置関係
交野市立H小学校(以下「H小学校」という。)は,本件建物の東方,別紙2の付近見取図?の位置に「市立H小学校」と記載された部分に存する。
H小学校の敷地と本件建物の位置関係は別紙3の現況実測平面図のとおりであり,H小学校の敷地西北角(ポイント40)から100メートルの点を結んで円弧を描くと,別紙3の詳細図記載のとおり,本件景品交換所の一部はH小学校から100メートル以内の範囲に入るが,本件店舗本体は同範囲に入らない。
同様に,H小学校の敷地西角(ポイント46)から100メートルの点を結んで円弧を描くと,本件景品交換所はほぼその全体が100メートルの範囲内となるが,本件店舗本体は同範囲に入らない。本件駐車場及び本件更衣室はいずれもH小学校敷地角から100メートルの範囲内にある。
(3) 被控訴人らの自宅と本件店舗の位置関係(甲55)
被控訴人B,同C,同D及び同Eの自宅は,本件店舗の近隣に存し,本件建物を含め,いずれも都市計画法上の近隣商業地域に属する。その位置は,別紙4の本件建物周辺拡大図記載のとおりであり,同拡大図記載アの建物が被控訴人B,イが被控訴人C,ウが被控訴人D,エが被控訴人Eの自宅である。上記被控訴人らの自宅から本件建物の敷地までの距離は,被控訴人Bが19.5メートル,被控訴人Cが12メートル,被控訴人Dが4.8メートル,被控訴人Eが1.54メートルである。
被控訴人Aの自宅と本件店舗は数百メートル離れている。
(4) 被控訴人らの子女の通学状況(甲55,56,58,60,61,63,86,弁論の全趣旨)
被控訴人らの自宅は,いずれもH小学校の学区内にある。
ア 被控訴人Bには,長女(平成▲年▲月▲日生)と二女(平成▲年▲月▲日)があり,長女はH小学校に通っている。
イ 被控訴人Cには,長女(平成▲年▲月▲日生)と二女(平成▲年▲月▲日生)があり,長女はH小学校に通っている。
ウ 被控訴人Dには,長女(平成▲年▲月▲日生)と長男(平成▲年▲月▲日生)があり,長男はH小学校に通っている。
エ 被控訴人Eには,長女(平成▲年▲月▲日生)と長男(平成▲年▲月▲日生)があり,長女及び長男はH小学校に通っている。
オ 被控訴人Aには,長女(平成▲年▲月▲日生),長男(平成▲年▲月▲日生)及び二男(平成▲年▲月▲日生)があり,二男はH小学校に通っている。
(5) 本件営業許可処分
G株式会社は,平成21年8月10日,大阪府公安委員会に対し,風営法5条1項に基づいて,本件建物の1階の一部でぱちんこ屋の営業を行うことについての許可申請を行った(甲3)。
大阪府公安委員会は,同年10月2日,G株式会社に対し,本件建物1階の一部分で風営法2条1項7号の営業を営むことを許可した(甲4,本件営業許可処分)。
4 争点
(1) 被控訴人らに原告適格が認められるか(本案前の争点)
(2) 被控訴人らの主張する違法事由は,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)10条1項による主張制限を受けるか(本案の争点その1)
(3) 本件営業許可処分について取消事由はあるか(本案の争点その2)
5 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(被控訴人らに原告適格が認められるか)について

ア 被控訴人ら
(ア) 被控訴人らの原告適格は,行訴法9条2項に規定されているとおり,風営法等の文言だけにとらわれるのではなく,風営法並びにその関係法令及び条例(以下「風営法及び関連法令」という。)の趣旨及び目的や,本件営業許可処分がされることにより制約される権利・利益の内容及び性質を実質的に検討して判断されるべきであるところ,以下のとおり,本件において被控訴人らには,本件店舗の周辺に居住する近隣住民としての原告適格あるいはH小学校に子らを通学させ,または通学させる予定である保護者としての原告適格がある。

(イ) 近隣住民としての原告適格について
風営法は,「善良の風俗と清浄な風俗環境を保持し,及び少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため,風俗営業及び性風俗関連特殊営業等について,営業時間,営業区域等を制限し,及び年少者をこれらの営業所に立ち入らせること等を規制するとともに,風俗営業の健全化に資するため,その業務の適正化を促進する等の措置を講ずること」を目的とし(同法1条),ぱちんこ屋の営業時間,照度,騒音,振動及び広告宣伝等について規制しているほか(同法13条ないし16条),条例による善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為を防止するために必要な制限をすることができるとする等(同法21条),営業所周辺における善良で清浄な風俗環境を確保するための規定を具体的に規定しているし,同法4条2項,風営法施行令6条1号イ,大阪府風営法施行条例2条1号によって,住居集合地域における営業所の設置自体を禁止している。
これらの規定にかんがみれば,風営法及びその関係法令は,騒音・振動等を規制することにより,当該営業所の周辺に居住する近隣住民の静穏な生活環境を享受する権利を個別具体的な利益として保護しているといえる。
なお,風営法施行令6条1号ロが距離制限対象施設の敷地の周囲おおむね100メートルの区域で営業所の設置を禁止しているのに対し,同号イは住居集合地域と営業所との距離を明示していないが,営業所が設置されることによって近隣住民が被る害悪と距離制限対象施設の被る害悪は異なるところはないから,同号イの地域も,同号ロとの均衡から,営業所からおおむね100メートルの範囲に居住する近隣住民の権利・利益を保護しているものと解すべきである(営業所の設置により被る近隣住民の被害の性質・程度は都市計画の区割りとは無関係であるし,現状として,都市計画法の区割りと実態とは必ずしも一致していないから,被控訴人らのうち,被控訴人B,同C,同D及び同Eの4名が近隣商業地域に居住していることは,被控訴人らの原告適格の判断に影響しない。)。
被控訴人らの静穏な生活環境を享受する権利は,生活を営む上での最も基本的な権利であり,人格権(憲法13条)の一内容で重要であるところ,本件店舗でぱちんこ屋の営業をされると,本件店舗やその利用客が発する騒音が深夜に及ぶこと等によって,被控訴人らの権利が侵害されることになる。
被控訴人Aを除くその余の被控訴人らは,本件店舗から100メートルの範囲に居住しているため,原告適格が認められる。

(ウ) 保護者としての原告適格について
風営法4条2項2号,風営法施行令6条1号ロ,同条2号,大阪府風営法施行条例2条1項2号は,距離制限対象施設の敷地の周囲からおおむね100メートルの範囲内を営業制限地域とする旨定め,同範囲内における営業所の設置を禁止している。また,これら根拠法令は,風俗営業等について,営業時間,営業区域等を限定し,年少者を立ち入らせないようにしている。これら各規定は,教育施設の利用者たる
児童(その保護者)が健全で静穏な風俗環境下で教育を受ける(受けさせる)権利を個別具体的に保護しているというべきである。
被控訴人らは,いずれもH小学校に通う児童の保護者であることから,健全で静穏な風俗環境下で子女に教育を受けさせる権利を有しているといえ,原告適格を有する。

(エ) 関連する最高裁判例について
最高裁平成6年9月27日第三小法廷判決(裁判集民事173号111頁,以下「平成6年最判」という。)は,距離制限対象施設である医療機関の設置者が,風営法4条2項2号,風営法施行令6条2号及び神奈川県の風営法施行条例3条1項3号所定の距離制限違反を主張して風俗営業許可の取消しを主張した事案であるが,最高裁は,上記各根拠法令は,同号所定の診療所等の施設につき善良で静穏な環境の下で円滑に業務を運営するという利益をも保護していると判示した。したがって,風営法4条2項2号,風営法施行令6条2号の距離制限規定は,医療機関のみならず,同じく距離制限対象施設とされている文教施設において善良で静穏な環境の下で円滑に業務を運営するという利益をも保護していると解すべきである。そして,平成6年最判を演繹すれば,風営法は,文教施設利用者である児童生徒の保護者の利益も個別的に保護していると解される。
最高裁平成10年12月17日第一小法廷判決(民集52巻9号1821頁,以下「平成10年最判」という。)は,ぱちんこ屋の営業許可取消訴訟であるが,第一種低層住居専用地域に住む原告らの原告適格を否定した。
しかし,平成10年最判の原告らは,近隣住民の静穏な生活環境を享受する権利のみを主張していた点で本件とは異なるし,平成16年に行訴法が改正されたことに伴い,平成10年最判判例変更される可能性が高い。したがって,平成10年最判を本件に適用すべきではない。
最高裁平成21年10月15日第一小法廷判決(民集63巻8号1711頁,以下「平成21年最判」という。)は,自転車競技法に基づき設置された場外車券発売施設の設置許可に関し,周辺住民について,その生活環境上の利益は個別的利益として保護されないとして原告適格を認めず,自転車競技法施行規則上のいわゆる位置基準を根拠として取消訴訟を提起する原告適格を有するのは,場外車券販売施設の設置,運営に伴い著しい業務上の支障が生ずるおそれがあると位置的に認められる区域に文教施設または医療施設を開設する者に限られるとした。
しかし,平成21年最判は行訴法9条2項の趣旨に反する特異な判決である上,自転車競技法及びその関連法令は,風営法及びその関連法令に比べて規定内容が不明確であり,騒音・振動等について個別的規制のある風営法とは異なるから,平成21年最判の判断手法を本件に持ち込むのは相当ではない。
d 平成10年最判と平成21年最判があるにもかかわらず,第一種低層住居専用地域内の住民や距離制限対象施設である文教施設利用者の保護者に原告適格を認めた下級審判決が相次いでいることは,平成10年最判と平成21年最判が変更されるべきであることを示している。
イ 控訴人
(ア) 近隣住民としての原告適格について
平成10年最判は,風営法4条2項2号について「良好な風俗環境の保全という公益的な見地から風俗営業の制限地域の指定を行うことを予定しているものと解されるのであって,同号自体が当該営業制限地域の居住者個々人の個別的利益をも保護することを目的としているものとは解し難い。」とした。このように,風営法4条2項2号は,近隣住民の個別的利益を保護する趣旨を含まず,近隣住民は処分取消訴訟についての原告適格を有しない。被控訴人らは,騒音規制等に関する規定が存することを処分取消に関する原告適格を基礎づける事情として主張するが,騒音規制違反等があれば,別途是正を図れば足りることであり,営業許可取消訴訟を提起させるまでの必要性はないから,これらを個別的利益保護に関する規定ということはできず,近隣住民に原告適格を認める理由とならない。
しかも,被控訴人らのうち,本件店舗の近隣に居住している被控訴人A以外の4名の自宅は,いずれも営業制限地域に該当しない近隣商業地域に存し,この意味でも同人らに近隣住民としての原告適格は認められない。
(イ) 保護者としての原告適格について
平成10年最判は,風営法施行令6条1号ロ及び2号とこれを受けた東京都の風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例による特定の施設の周囲おおむね100メートル以内の区域についての営業制限規定につき,「当該特定の施設の設置者の有する個別的利益を特に保護しようとするものと解され」「同号所定の施設につき善良で静穏な環境の下で円滑に業務をするという利益をも保護していると解すべきである。」とした。この規定による個別的利益保護の対象として原告適格を認められるのは,距離制限対象施設の設置者に限られる。善良で静穏な環境が害されることにより処分の取消まで求めるか否かの判断は施設設置者に委ねれば足り,不特定多数人であって間接的な利益を有するにすぎない距離制限対象施設の利用者にまで原告適格を認める必要はない。
大阪府風営法施行条例は,距離制限対象施設を学校,各種学校及び保育所並びに病院及び診療所(いずれも入院施設を有するもの)と定めており,これらの施設の間に保護対象として何らの差異を設けていない。
そうすると,病院または診療所に短期間通院する患者や,通学期間の短い生徒等も距離制限対象施設の利用者ということになるから,通学期間が長いこと等を根拠に,施設利用者に対して原告適格を認めるという判断方法は,風営法の保護する利益に関する解釈を誤っている。

(2) 争点(2)(被控訴人らの主張する違法事由は,行訴法10条1項による主張制限を受けるか)について

ア 控訴人
被控訴人らが騒音及び振動による損害を受けるおそれがあることを理由に原告適格を認められたとしても,被控訴人らは,風営法4条2項1号及び風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行規則(以下「風営法施行規則」という。)8条が営業許可の基準として規定する営業所の騒音及び振動に関する具体的な違法についての主張を一切行っておらず,本件店舗またはその関連施設がH小学校の敷地から100メートル以内に存することを違法事由として主張するにすぎない。かかる主張は,自己の法律上の利益に関係のない違法事由に関する主張として行訴法10条1項による制限を受ける。