大分相続案内ポイント特集 行政訴訟

判例 相続税更正処分取消請求事件
相続税の納税義務の成立時点は,「相続又は遺贈による財産取得の

時」(国税通則法15条2項4号)であるところ,

相続人は相続開始の時から被相続人の財産を包括承継するものであり

民法896条),かつ,相続は死亡によって開始する(民法882条)から,

納税義務の成立時点は,原則として,相続開始時すなわち被相続人死亡時である。

このように,相続税法上の相続財産は,相続開始時(被相続人死亡時)に

相続人に承継された金銭に見積もることができる経済的価値のあるも

のすべてであり,かつ,それを限度とするものであるから,

相続開始後に発生し相続人が取得した権利は,それが実質的には

被相続人の財産を原資とするものであっても相続財産には該当しない

と解すべきである(ここでは相続税法上のいわゆるみなし相続財産は

考慮しない。)。


一般に抗告訴訟における取消判決の形成力に遡及効が認められるのは,

瑕疵のある行政処分を遡及的に失効させることによって,国民の権利

利益に対する違法な侵害状態を排除することを目的とするものであって,

そのことから直ちに,更正処分取消訴訟における取消判決が確定した場合に,

過納金の還付請求権自体が納付時に遡って発生するとは解されない

(還付請求権が発生するのは,あくまで取消判決が確定したときからである。)。

これに対し,C作成に係る鑑定意見書及び意見書(以下,両書面を

併せて「C意見書」という。)は,国税通則法が還付加算金の支払に

ついて規定しているのは,遡及効が認められることによる当然の措置

であるとする(すなわち,還付加算金が国税の納付のあった日の翌日

から起算されるのは,過納金の還付請求権が納付と同時に発生したものと

擬制されるからであると解しているものと思われる。)。

しかしながら,過納金を還付する場合に付される還付加算金は,

違法に財産権を侵害された納付者に対する調整ないし救済措置として

国税通則法によって定められたものであり,それが認められるからと

いって過納金の還付請求権が国税の納付時に遡って発生したと解する

理論的根拠とはならず,

むしろ,還付加算金の起算日を法定したのは,不当利得につき利息を

付すのを受益者悪意の場合に限定する一般不当利得の法理を修正した

結果であることからすると,過納金の還付請求権が国税の納付時に

遡って発生したために還付加算金が国税の納付のあった日の翌日から

起算されることになったとはいえず,還付加算金の起算日は過納金の

還付請求権の発生時期とは無関係に定まったというべきである。

したがって,遡及効を理由として,本件過納金の還付請求権が

相続財産を構成するとする被告の主張は採用できない。

(4) また,被告は,本件過納金が原告に還付されたことをもって,

本件過納金の還付請求権が相続財産を構成することを裏付けている旨

主張するが,本件過納金が原告に還付されたのは,原告がAを

包括承継したことにより,別件所得税更正処分に係る納税者の地位を

承継しているからであり,

このことをもって,取消判決確定によって初めて発生した還付請求権

を相続により取得したと解するのは,論理に飛躍があるといわざるを

得ない。

(5) さらに,被告は,本件過納金の還付請求権を原告の収入金額として

所得税の課税対象とすることができないから,これと二者択一の関係

にある相続税の課税対象とすべきである旨主張する。

確かに,Aの存命中に取消判決が確定した場合には,還付金を新たな

収入額として所得税を課すことはできないが,相続開始後に還付金を

取得した原告との関係では,これを「利子所得,配当所得,不動産所得,

事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の

所得のうち,営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の

一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を

有しないもの」(所得税法34条1項)に該当すると解する余地は

十分あるというべきである。

このことは,相続税法が,被相続人に支給されるべきであった

退職手当金等が,被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したものの

支給を受けた場合に限って相続財産として扱い(3条1項2号),

その期間を過ぎて支給が確定した退職手当金等は,相続人の一時所得

として扱われることと同様ということができる。

すなわち,支給の趣旨は同一であっても,それが支払われた時期に

よって,課税上は性質の異なるものとして捕捉することが

法律上許容されているのであり,還付金についても,本来的には

納付者本人の財産として扱うのが相当であるが,

それが納付者の相続開始後に発生した場合には,相続人の新たな収入

金額として扱うことも格別不合理ではないというべきである。

(6) ところで,D作成に係る意見書(以下「D意見書」という。)は,

原告が「処分が判決により取り消されることを法定の停止条件とする

還付請求権」を相続によって取得したと解し,係る停止条件の成就に

より還付請求権が発生し,確定した還付金額が相続財産に加算される

という理論構成を立てている。

しかしながら,納付の基礎となった更正処分が取り消されること,

すなわち,国が納付金を保有することの法律上の原因が失われることは,

還付請求権の発生要件事実であり,これを停止条件と解することは

できない。

その意味で,処分の取消しは,D意見書が例示する農地の遺贈に

おける農地法上の許可とは全く性質の異なるものである。

すなわち,更正処分が取り消されるまでは,

還付請求権は条件付き債権としても発生していないのであるから,

かかる見解を根拠として,本件過納金の還付請求権が相続財産を

構成すると認めることはできない。

(7) 以上より,本件過納金の還付請求権がAの相続財産を構成する

ことは理論上あり得ないというべきであり,この点についての被告の

主張は採用できない。

以上