民事訴訟法編(最判45・12・15)

昭和45年12月15日 最高裁判所第三小法廷 判決
売買代金請求

主    文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

         理    由
上告代理人大竹謙二の上告理由について。

記録によれば、本訴は、上告人より被上告会社を被告として提起された

売買代金請求の訴であるが、これに対し、原審は、次のように判断した

うえ、本件訴は不適法であるとし、上告人の請求を認容した

第一審判決を取り消し、上告人の本件訴を却下する旨判決した。

すなわち、被上告会社の登記簿には、訴外Dが同会社の代表取締役

して記載されているが、同人は、同会社の代表取締役ではなく、

同会社の代表者としての資格を有するものではない。

なんとなれば、被上告会社の臨時社員総会議事録その他の書類には、

被上告会社は、昭和42年8月24日臨時社員総会を開催し、

従来の取締役は辞任し、選挙の結果あらたにD外一名が取締役に

選任され、即日同人らより就任の承諾をえた旨その他の記載があり、

その議事録の末尾に出席取締役としてDの記名押印がなされており、

また、同日取締役の互選の結果、同人が被上告会社の代表取締役

選任され、同人の承諾をえた旨の記載があるが、

Dは、当時他所で自動車運転手として勤務し、右の臨時社員総会に

出席したこともなければ、被上告会社の取締役および代表取締役

就任することを承諾したこともない。

ただ、事後にその承諾を求められたことはあるが、同人はこれを

拒絶したものであることが認められる。

そうだとすると、Dは、被上告会社の代表取締役ではなく、

同会社の代表者としての資格を有するものではないから、

Dを被上告会社の代表者として提起された本件訴は、

不適法として却下を免れない、とするものである。

ところで、所論は、まず、民法109条、商法262条の規定により

被上告会社についてDにその代表権限を肯認すべきであるとする。

しかし、民法109条および商法262条の規定は、いずれも

取引の相手方を保護し、取引の安全を図るために設けられた規定である

から、取引行為と異なる訴訟手続において会社を代表する権限を有する
者を定めるにあたつては適用されないものと解するを相当とする。
この理は、同様に取引の相手方保護を図つた規定である商法42条1項

が、その本文において表見支配人のした取引行為について

一定の効果を認めながらも、その但書において表見支配人のした

訴訟上の行為について右本文の規定の適用を除外していることから

考えても明らかである。

したがつて、本訴において、Dには被上告会社の代表者としての

資格はなく、同人を被告たる被上告会社の代表者として提起された

本件訴は不適法である旨の原審の判断は正当である。

そうして、右のような場合、訴状は、民訴法58条、165条により、

被上告会社の真正な代表者に宛てて送達されなければならないところ、

記録によれば、本件訴状は、被上告会社の代表者として表示されたDに

宛てて送達されたものであることが認められ、Dに訴訟上被上告会社を

代表すべき権限のないことは前記説示のとおりであるから、

代表権のない者に宛てた送達をもつてしては、適式を訴状送達の効果を

生じないものというべきである。

したがつて、このような場合には、裁判所としては、

民訴法229条2項、228条1項により、上告人に対し訴状の補正を

命じ、また、被上告会社に真正な代表者のない場合には、

上告人よりの申立に応じて特別代理人を選任するなどして、

正当な権限を有する者に対しあらためて訴状の送達をすることを

要するのであつて、上告人において右のような補正手続をとらない場合

にはじめて裁判所は上告人の訴を却下すべきものである。

そして、右補正命令の手続は、事柄の性質上第一審裁判所において

これをなすべきものと解すべきであるから、このような場合、

原審としては、第一審判決を取り消し、第一審裁判所をして上告人に

対する前記補正命令をさせるべく、本件を第一審裁判所に差し戻す

べきものと解するを相当とする。

しかるに、原審がDに被上告会社の代表権限がない事実よりただちに

本件訴を不適法として却下したことは、民訴法の解釈を誤るもので

あつて、この点に関する論旨は理由がある。

よつて、民訴法408条、396条、386条、389条により

原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、本件を第一審裁判所に

差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷

裁判長裁判官 関根 小郷

裁判官    下村 三郎

裁判官    松本 正雄

裁判官    飯村 義美

訴訟無能力制度

(第一審判決が不当な場合の取消し)
第305条 控訴裁判所は、第一審判決を不当とするときは、

これを取り消さなければならない。

(第一審の判決の手続が違法な場合の取消し)
第306条 第一審の判決の手続が法律に違反したときは、

控訴裁判所は、第一審判決を取り消さなければならない。

(事件の差戻し)
第307条 控訴裁判所は、訴えを不適法として却下した第一審判決を

取り消す場合には、事件を第一審裁判所に差し戻さなければならない。

ただし、事件につき更に弁論をする必要がないときは、この限りでない。