任意的訴訟信託

最高裁判所 昭和45年11月11日 大法廷 判決
(昭和45年(オ)第1032号)

上告代理人酒見哲郎の上告理由第一点について。

記録によれば、本訴は、被上告人が「互」D共同企業体との間に

締結した請負契約を解除したことによつて同企業体の蒙つた

損害の賠償を、上告人が原告として訴求するものであるところ、

原審は、上告人が本訴につき当事者適格を有しないこと

を理由に、次のように説示して、本件訴を不適法として却下した。

すなわち、「互」D共同企業体は、和歌山県知事の発注にかかる七、

一八水害復旧建設工事の請負及びこれに付帯する事業を共同で営むこと

を目的とし、上告人ほか四名の構成員によつて組織された

民法上の組合であり、

その規約上、代表者たる上告人は、建設工事の施行に関し企業体を

代表して発注者及び監督官庁等第三者と折渉する権限ならびに

自己の名義をもつて請負代金の請求、受領及び企業体に属する財産を

管理する権限を有するものと定められているものである。

しかるところ、右企業体は民法上の組合であるから、訴訟の目的たる

右損害賠償請求権は組合員である企業体の各構成員に本来帰属するもの

であるが、上告人は、前示組合規約によつて、組合代表者として、

自己の名で前記の請負代金の請求、受領、組合財産の管理等の

対外的業務を執行する権限を与えられているのであるから、

上告人は、自己の名で右損害賠償請求権を行使し、必要とあれば、

自己の名で訴訟上これを行使する権限、すなわち訴訟追行権をも与えら

れたものというべきである。

したがつて、本件は、組合員たる企業体の各構成員が上告人に任意に

訴訟追行権を与えたいわゆる任意的訴訟信託の関係にあるが、

訴訟追行権は訴訟法上の権能であり、民訴法47条のような法的規制に

よらない任意の訴訟信託は許されないものと解すべきであり、上告人が

実体上前記の権限を与えられたからといつて、これが訴訟追行権を

認めることはできず、

上告人は、本訴につき当事者適格を有しないというのである。

ところで、訴訟における当事者適格は、特定の訴訟物について、

何人をしてその名において訴訟を追行させ、また何人に対し本案の判決

をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決せられるべきもので

ある。

したがつて、これを財産権上の請求における原告について

いうならば、訴訟物である権利または法律関係について

管理処分権を有する権利主体が当事者適格を有するのを

原則とするのである。

しかし、それに限られるものでないのはもとよりであつて、

たとえば、第三者であつても、直接法律の定めるところにより

一定の権利または法律関係につき当事者適格を有することが

あるほか、本来の権利主体からその意思に基づいて訴訟追行権を

授与されることにより当事者適格が認められる場合も

ありうるのである。

そして、このようないわゆる任意的訴訟信託については、

民訴法上は、同法47条が一定の要件と形式のもとに

選定当事者の制度を設けこれを許容しているのであるから、

通常はこの手続によるべきものではあるが、同条は、

任意的な訴訟信託が許容される原則的な場合を示すにとどまり、

同条の手続による以外には、任意的訴訟信託は許されないと

解すべきではない。

すなわち、任意的訴訟信託は、民訴法が訴訟代理人を原則として

弁護士に限り、また、信託法11条が訴訟行為を為さしめることを

主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし、

一般に無制限にこれを許容することはできないが、

当該訴訟信託がこのような制限を回避、潜脱するおそれがなく、

かつ、これを認める合理的必要がある場合には許容するに

妨げないと解すべきである。

そして、民法上の組合において、組合規約に基づいて、業務執行組合員

に自己の名で組合財産を管理し、組合財産に関する訴訟を追行する権限

が授与されている場合には、単に訴訟追行権のみが授与されたものでは

なく、実体上の管理権、対外的業務執行権とともに訴訟追行権が

授与されているのであるから、業務執行組合員に対する組合員の

このような任意的訴訟信託は、弁護士代理の原則を回避し、

または信託法11条の制限を潜脱するものとはいえず、

特段の事情のないかぎり、合理的必要を欠くものとはいえないので

あつて、民訴法47条による選定手続

によらなくても、これを許容して妨げないと解すべきである。

したがつて、当裁判所の判例(昭和34年(オ)第577号・

同37年7月13日言渡第二小法廷判決・

民集16巻8号1516頁)は、右と見解を異にする限度において

これを変更すべきものである。

そして、本件の前示事実関係は記録によりこれを肯認しうるところ、

その事実関係によれば、民法上の組合たる前記企業体において、

組合規約に基づいて、自己の名で組合財産を管理し、対外的業務を

執行する権限を与えられた業務執行組合員たる上告人は、組合財産に

関する訴訟につき組合員から任意的訴訟信託を受け、

本訴につき自己の名で訴訟を追行する

当事者適格を有するものというべきである。

しかるに、これと異なる見解のもとに上告人が右の当事者適格を

欠くことを理由に本件訴を不適法として却下した原判決は、

民訴法の解釈を誤るもので、この点に関する論旨は理由がある。

したがつて、その余の論旨について判断するまでもなく、

原判決は破棄を免れず、更に本件を審理させるため

これを原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法407条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり

判決する。

裁判官松田二郎は退官につき評議に関与しない。
     
最高裁判所大法廷

裁判長裁判官 石   田   和   外

裁判官    入   江   俊   郎

裁判官    草   鹿   浅 之 介

裁判官    長   部   謹   吾

裁判官    城   戸   芳   彦

裁判官    田   中   二   郎

裁判官    岩   田   誠

裁判官    下   村   三   郎

裁判官    色   川   幸   太  郎

裁判官    大   隅   健   一  郎

裁判官    松   本   正   雄

裁判官    飯   村   義   美

裁判官    村   上   朝   一

裁判官    関   根   小   郷