民事訴訟法228条「文書の成立」、民法95条「要素の錯誤」

(文書の成立)
第228条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければ

ならない。

2 文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと

認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。

3 公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、

当該官庁又は公署に照会をすることができる。

4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、

真正に成立したものと推定する。

5 第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に

係るものと認めるべき文書について準用する。

平成14年7月11日  最高裁判所第一小法廷  判決  破棄自判  
東京高等裁判所

主 文

原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理 由

上告代理人岡本敬一郎の上告受理申立て理由第三について

1本件は,割賦購入あっせんを目的とする株式会社である被上告人が,商品代金の立替払契約による立替金の支払債務につき連帯保証をした上告人に対し,立替金等残金と遅延損害金の支払を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)D株式会社は,印刷物の作成,企画等を目的とする株式会社であり,その代表取締役はEである。また,有限会社F機材は,印刷,製本,製版の各種機械及び資材の販売を目的とする有限会社である。

(2) 上告人は,Dの従業員であった者である。

(3) 被上告人は,平成7年12月6日,Dとの間で,次の内容による立替払契約を締結した(以下「本件立替払契約」という。)。

ア 被上告人は,Dが前同日にF機材から購入する商品プレクスターAR(印刷用設備。以下「本件機械」という。)の代金300万円をF機材に対し立替払する。

イ Dは,被上告人に対し,立替金300万円及び手数料78万0333円の合計378万0333円を,平成8年1月27日限り6万3333円,同年2月から平成12年12月まで毎月27日限り6万3000円ずつに分割して支払う。

ウ Dがイの分割金の支払を1回でも遅滞したときは期限の利益を喪失する。

(4)上告人は,平成7年12月6日,被上告人に対し,本件立替払契約に基づきDが被上告人に対して負担する債務について連帯して保証する旨約した(以下「本件保証契約」という。)。

(5)被上告人は,平成8年1月5日,F機材に対し,300万円を立替払した。

(6)Dは,同年2月27日までに支払うべき分割金の支払を怠り,同日の経過をもって,期限の利益を喪失した。

(7)Dは,本件立替払契約の締結に先立って別会社から本件機械と同種の機械を取得し,平成7年11月初旬には同機械は既に納入されていた。Eは,同年10月中旬ころ,営業資金を捻出するため,実際には本件機械の売買契約がないのに本件機械を購入する形を取ったいわゆる空クレジットを計画し,本件立替払契約を締結した上,F機材との間で,被上告人から支払われた代金名下の金員をF機材が受領し,振込手数料等を控除した残金をDに交付することを合意した。上告人は,Eの依頼により,同年12月6日,本件保証契約を締結したが,その際,本件立替払契約における本件機械の売買契約が存在しないことを知らなかった。

(8)本件立替払契約と本件保証契約は,同一書面(以下「本件契約書」という。)を用いて締結されており,本件契約書には,販売店であるF機材,商品である本件機械,商品購入代金額が表示されている。また,本件立替払契約には,本件機械の所有権はF機材から被上告人に移転し,被上告人に対する債務が完済されるまで所有権が留保される旨の特約と,Dが支払を遅滞し,被上告人から要求されたときは,直ちに本件機械を被上告人に引き渡し,被上告人が客観的にみて相当な価格をもって本件立替払契約に基づく債務及び商品等の引取り,保管,査定,換価に要する費用の弁済に充当することができる旨の特約がある。

3上告人は,抗弁として,本件立替払契約は,F機材からDへの商品引渡しを伴わないいわゆる空クレジット契約であって,上告人はこれを知らなかったから,本件保証契約は要素の錯誤により無効である,などと主張して,被上告人の本件請求を争った。

4原審は,上記2の事実関係の下で,(1) 本件立替払契約のようなクレジット契約は,クレジット会社が販売店に商品代金を立替払し,主債務者はクレジット会社から代金相当額の融資を受けるもので,その担保として商品の所有権をクレジット会社に留保し,立替払金に所定の金額を加算した額を割賦償還するものであるから,金融の性質を有し,このことは,実体のあるクレジット契約の場合であっても,空クレジット契約の場合であっても異なるところはないことにかんがみると,本件保証契約において本件機械の引渡しの有無は連帯保証人にとってさほど重要な意味を持たず,契約の意思表示の要素には当たらないとみるべきであって,この点についての誤信は意思表示の動機に関する錯誤にすぎない,

(2)本件保証契約は本件立替払契約と同一書面である本件契約書を用いて締結され,本件契約書上には,販売店であるF機材,商品である本件機械,商品購入代金額が表示されているものの,主債務が本件機械の売買契約を前提とする立替払契約であれば本件保証契約を締結するが単なる消費貸借契約であれば本件保証契約を締結しない旨の動機が表示されたものと認めることはできない,として上告人の主張を排斥し,被上告人の請求を認容すべきものとした。

5しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

保証契約は,特定の主債務を保証する契約であるから,主債務がいかなるものであるかは,保証契約の重要な内容である。そして,主債務が,商品を購入する者がその代金の立替払を依頼しその立替金を分割して支払う立替払契約上の債務である場合には,商品の売買契約の成立が立替払契約の前提となるから,商品売買契約の成否は,原則として,保証契約の重要な内容であると解するのが相当である。

【要旨】これを本件についてみると,上記の事実関係によれば,(1)本件立替払契約は,被上告人において,DがF機材から購入する本件機械の代金をF機材に立替払し,Dは,被上告人に対し,立替金及び手数料の合計額を分割して支払う,という形態のものであり,本件保証契約は本件立替払契約に基づきDが被上告人に対して負担する債務について連帯して保証するものであるところ,(2)本件立替払契約はいわゆる空クレジット契約であって,本件機械の売買契約は存在せず,(3)上告人は,本件保証契約を締結した際,そのことを知らなかった,というのであるから,本件保証契約における上告人の意思表示は法律行為の要素に錯誤があったものというべきである。

本件立替払契約のようなクレジット契約が,その経済的な実質は金融上の便宜を供与するにあるということは,原判決の指摘するとおりである。しかし,主たる債務が実体のある正規のクレジット契約によるものである場合と,空クレジットを利用することによって不正常な形で金融の便益を得るものである場合とで,主債務者の信用に実際上差があることは否定できず,保証人にとって,主債務がどちらの態様のものであるかにより,その負うべきリスクが異なってくるはずであり,看過し得ない重要な相違があるといわざるをえない。まして,前記のように,1通の本件契約書上に本件立替払契約と本件保証契約が併せ記載されている本件においては,連帯保証人である上告人は,主債務者であるDが本件機械を買い受けて被上告人に対し分割金を支払う態様の正規の立替払契約であることを当然の前提とし,これを本件保証契約の内容として意思表示をしたものであることは,一層明確であるといわなければならない。

6以上によれば,上告人の本件保証契約の意思表示に要素の錯誤がないとした原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れず,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消した上,被上告人の請求を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

最高裁判所第一小法廷
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 町田 顯 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子